絆    (寺報『せんりゅう』第17号掲載)

三月十一日、午後二時四十六分、宮城県沖を震源とする大地震、その地震によって発生した巨大津波が東北、関東をも飲み込みました。
 この未曾有の大災害は、テレビで中継され、多くの方々が目にされたことと思います。映像で映し出された津波の様子は、本当に衝撃的で、今でも脳裏から離れません。
 皆さま方もきっと心を痛められ、ご自身の胸に迫るものがあったことでしょう。私たちに今、何ができるのか?何をしなければならないのか?一人ひとりに問われています。
 海外のマスメディアは日本人の対応について称賛の声があがっているそうです。冷静で、協力的で、助けあいながら生き抜いている、と。
 道元禅師さまのお示しになられました『正法眼蔵・菩提薩埵四摂法(しょうぼうげんぞう・ぼだいさったししょうぼう)』のなかに「同事(どうじ)」という教えがあります。
 「同事」とは、安易な妥協や同情を言うものではなく、相手を敬い、少しでも相手と同じ立場に立とうと努力をすることです。
 「同事をしるとき、自他一如なり」。同事とは、自分と他人の区別がなくなり、ひとつになることです。
 相手の姿に自分自身を置き換え、自分自身に相手の存在を認め合いながら共に生き続けるという願いを行じて行くところに、お互いの信頼関係が深められていくのです。
 私が育ってきた頃の日本は、豊かさを競い合っていたように感じます。競争社会に身を置き、いつも人に負けないように、人よりもいい学校に、いい会社にというように…。私も例外ではありませんでした。
 どこかしら「自分さえよければいい」という思いがなかったでしょうか。
そのことが、「勝ち組・負け組」というような、格差社会をつくり上げてしまったのではないでしょうか。
 今、そのような価値観はすべて壊れてしまった。そう思う方が多くいらっしゃることを私は望みます。
 そして、今この瞬間にも、大きな不安を抱えている被災者のことを、自分自身のことと同じように想う努力をしてまいりましょう。今こそ日本がひとつになるときです。
 今回の寺報について、発行自体をどうしようかと考えました。しかし、こんな時だからこそ、仏教の教えを流布し、大災害を乗り越えていく助けになれば、と考えて発行させて頂きました。
  今回の災害で犠牲になられた方々に、春彼岸法要では、授戒をさせて頂きました。授戒とは葬儀の一番大事な「要」の部分です。名前も知らない方々ですが、遠い山梨の地から、一僧侶の祈りが届けば幸いです。一緒にご参加頂いた檀信徒の皆様にもお手伝い頂きました。心のこもったお経でした。本当にありがとうございました。
 まだまだ被災地では日常とかけ離れた生活を余儀なくされています。ある子供が「同じ毎日が幸せだった事に気がついた」と疲れた表情で語っていました。またある中学生は「私たちは(老人に比べて)動ける。私たちがやらなければ」と炊き出しやトイレ掃除、幼児の相手をしたり、率先して動いているそうです。沢山の物を失った時に見えてくるものがあったようです。この子たちの将来に幸多きことを祈らずにはいられませんでした。
 聞きなれた言葉でしょうが、「困った時はお互いさま」です。今できる私たちの精一杯の援助をさせて頂きましょう。       
   合 掌

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